サプライ・チェーン・マネジメント(SCM)の諸問題
Various problems of
Supply Chain Management
Copy Right Ken Ishiyama
1.SCMとは
SCM(Supply Chain Management)とは,広義には,企業の壁を超えた受注から回収までの調達,生産,販売,物流という一連の供給活動を1つのチェーンとして捉え, そのチェーン上の活動の最適化を目指すマネジメント手法であり,狭義には,顧客の商品要求に最小の時間とコストで応えるための計画立案とシミュレーションをいう。サプライヤーから工場,ユーザーまでをつなぐコーディネーターとしての役割を果たすもので,バリューチェーン(Value Chain)と同じ意味である。バリューを大きくするためには,顧客の必要なものを,必要なタイミングで,必要な手段で提供することが必要である。1)
アメリカでは,1980年代に経済が低迷する中で,メーカーと小売がお互いに消費者を意識しながら提携し,情報共有による電子データの活用によって,デマンド・チェーンについてのプロセスを改善しようという動きが出てきた。1985年には衣料品業界でQR(Quick Response)が,1993年には食料品業界でECR(Efficient Consumer Response)がスタートした。そして,エレクトロニック・コマースへの誘導政策にともなうEDI(Electoronic Data Interchange)の普及により,QR/ECRが本格展開した。
1980年代後半には,バリューチェーンの概念が出てきて,ロジスティクスの概念も提唱された。企業内部の活動は互いに連結関係を有しつつ,全体として買手のための価値を創造しており,この連結関係をうまく管理することができれば,競争優位に立てるという考え方で,個々の部分の集合としてではなく,ひとつのシステムとして管理することを提唱した。2)
1990年代後半には,原材料の調達から製品の販売やマーケティング,顧客までを含んで,流通チャネル全体の効率化や最適化を目指そうとする動きが高まった。この背景にあるのが社外のバリューチェーンであるサプライチェーンの概念であった。物流の分野でもサプライチェーン概念の台頭を受けて,供給先・メーカー・販売先・顧客までをトータルに捉えた,新しいロジスティクスを確立しようとする取り組みが始まった。3)
サプライチェーンは,流通チャネル全体最適化を目的とするものであり,そのために,企業間の連携の方法・仕組みが鍵になるが,これを達成する手段として脚光を浴びたのが,製販同盟やアウトソーシングであった。サプライチェーンは,企業内・企業間のロジスティクス関連活動の戦略的統合という点に特徴がある。
一方,サプライヤー側では需要予測,生産計画,資材手配などのSCM管理ソフトを使用するが,MRP(Product Requirement
Program)やPDM(Product Data
Management)の考え方が取り入れられ,全体にわたるシームレスなデータ・リンクが要請されている。また,デマンド側からとったSCMのイニシアティブをさらに拡大し,企業力を一層高めようというCPFR(Collaborative Planning
Forecasting & Replenishment)運動が起きている。
サプライチェーンと従来型ロジスティクスには,組織・システムの統合,戦略,在庫圧縮機能の3点において違いがある。4)サプライチェーンにおいては,調達から販売に至る生産・流通活動を担う各組織,各部門が,あたかも単一組織のように連携しており,機能的にも一つのシステムとして統合される。企業間連携の方法・仕組みがキーになり,その特質として戦略性やシステムの統合性などがあげられる。5) これに対してロジスティックスの場合は,各組織,各部門はそれぞれが独立しており,一つのシステムとして統合されるところまではいっていない。
2.SCMの効果
SCMの目的は,機械等の資産を適切に配置することと,顧客の要求に合わせて素早い出荷をすることにある。SCMの導入により,いわゆる安全在庫から,在庫状況の自動把握,出荷日時の自動計算,リアルタイムの計算に変化する。SCMの実践はBPR(Business Process
Reengineering)活動そのものであり,企業間,企業消費者間の信頼関係に則ったリエンジニアリング活動を地道に一歩一歩実行することで実績を積み重ねていくことになる。
近年,消費者ニーズが多様化し,低価格だけでは商品が売れなくなり,本当に価値あるものを作らなければ,企業経営に支障が生じる可能性も出てきている。メーカーはいろいろな製品を次々に出し,製品の寿命はかなり短くなり,メーカーも小売業も卸売業も迅速な対応をしないと売れない在庫の山を抱えることになる。いち早くこのサイクルの変化情報をつかむことができれば,無駄な生産や無駄な在庫をもたなくてもよくなる。
また,インターネット,Eコマースの発展がビジネスのスピードを高めている。人間を介さず,自動で行う業務も多く出てきている。製造業の納期はますます短縮される傾向にある。SCMの本質は市場に対するタイムリーな商品供給であり,これを実現するためリードタイムの短縮が不可欠である。企業として必要なことは市場の要求をいち早く生産に連動させ,スピーディに製品を店頭に或いは取引先に供給することで競争優位に立つことである。
SCMの実行で変わるのは,まず,全体の在庫の減少,短い製品ライフサイクルへの対応,商品の品揃えの改善,商品回転率の向上である。次に,メーカーのマーケティング活動のスピードが上がり,卸売業のリテールサポート機能が重視されることになる。これらにより,メーカーの生産方式,メーカーとサプライヤーの関係,メーカーの役割が変わる。そして,情報の共有化でオープンな経営になり,経営のサイクルが早くなり,企業のキャッシュフローが改善される。
在庫を多く持つと,在庫をおくスペース,在庫を管理する人件費,その他の在庫管理費用がかかり,在庫コストがかかる。他にも,在庫の陳腐化,劣化による廃棄ロスの危険性,現金の減少によるキャッシュフロー上の問題などもある。コストがかかるのに在庫を持つ理由は,供給力の不安である。商品の売行きが好調で品切れになりそうなとき,すぐに追加生産や追加納入が困難なためである。SCMで流通を効率化すると,従来よりもはるかに少ない量の在庫で間に合うようになる。
バッチサイズを多めにとってコストメリットを追求すればよいというバッチサイズ決定の理論があるが,コストのみを追求するだけでは市場への効果は追求できない。バッチサイズの削減は,リードタイムを短縮する上で非常に重要な役割を果たしているといえる。競争が激化している商品市場で勝ち組に入る為の経営判断に必要なことはコスト削減だけではなく,時間削減も重視すべきである。6)
3.POSデータ
POSデータから製品のライフサイクルを素早く追いかけることができるようになり,市場の動向を追跡しライフサイクルの変化が見られたらすぐに対策を取ることができるようになった。サプライチェーンでは情報の共有化を図り,売れ筋情報,死に筋情報が共有されることで需要予測を行えるため,生産を調整し,流通在庫を減らし,在庫回転率の向上が図れるようになった。しかし,自社のみのPOSデータは,あくまでも自社が取り扱う商品の範囲内のデータなので,市場での売れ筋商品を把握するため,他の小売店や,卸売業,メーカーなどと協力して,市場全体としての売れ筋商品を見付ける必要がある。
メーカーは生産,在庫,配送等の数量計画の立案に使用し,過剰在庫,過小在庫を防ぐことができるようになる。購買行動に現れない潜在ニーズもPOSデータと顧客データを活用することで調査することができる。顧客データは,レジでPOSデータを取ると同時に,買物カード,クレジットカード,デビットカードなどを使って,個人コードを入力して調査する。これで,個人の特性が分かる売上データが得られ,データベース,データウェアハウスとして蓄積し,マーケティング戦略の検証ができる。
素早く売れ筋商品に生産をシフトしていけば効率的だが,見込み生産の場合は製品在庫が多くあるので,すぐには商品を切替えられない。受注生産の場合には生産から納入までのリードタイムが長く,販売機会を失ってしまう。双方の問題点を解決する方法として,在庫を持たずに顧客の多様な注文に素早く対応することが可能なBTO(Build To Order)という生産方式がある。
BTOとは,調達や生産に時間のかかる部品を標準化し,在庫として持っておき,顧客の仕様に合わせてそれらを組み合わせて生産することで,多様な注文に対して,短納期で応じることができる方式である。部品は標準化されているので,在庫金額,スペースともに少なくてすみ,余剰在庫が生まれる危険性も低下する。しかしながら,この方式は技術的な面で製品の差別化を図れない場合は有効だが,機能や性能が問われる製品にも適用できるわけではない。
卸売業では,基本的な機能が物流中心から情報中心のリテールサポートへ変わりつつある。大手小売業がメーカーとの直接取引により仕入れ原価を下げ,物流機能が大手小売業にとって代わられるようになったため,卸売業は情報の収集と伝達が中心になってきた。小売店からPOSデータを集めてメーカーに伝え,メーカーの製品情報,販促情報を小売店に伝達する。卸売業にとって,取引先小売業の業績を上げることが自らの業績向上につながるので,マーチャダイジング,棚割分析,カテゴリーマネジメントなどの小売業支援サービスが大切になる。
4.メーカーとサプライヤー
これまで,メーカーとサプライヤーの関係は系列と呼ばれる関係にあり,大手メーカーを頂点としたピラミッド構造にあった。親企業は下請企業に対し,仕事の発注だけでなく,資金的,技術的バックアップをし,お互いにその恩恵を受けてきた。しかし,確実な経済成長が望めなくなった現在,親企業は下請企業の面倒を見るだけの余裕がなくなり,下請企業に対して,親企業に頼らず自立するように求めるようになった。親企業は世界中のサプライヤーから品質,コスト,納期の点で一番適したサプライヤーを選んで取り引きするように変わってきている。
従来のクローズドな系列が崩壊した後には,SCMによるパートナーシップを基調としたオープンな取引関係が進んでいくことになる。メーカーとサプライヤーの関係は垂直的な関係から,水平的な関係へと変化してきている。サプライヤーは,従来必要とされた,製造技術,生産技術の他に,管理技術が必要になってきている。サプライヤーといえども,情報技術を活用し,SCMに対応できるようになければならなくなっている。
これまで,メーカーは卸売業者に商品を売るだけでよかったが,SCMの元では,消費者に売れなければ意味がなく,本当の顧客は消費者であることを再認識して行動しなければならない。SCMの理想的な姿は,顧客の満足を得るために,サプライチェーンの各構成企業がパートナーとしてお互いを信頼し,情報をオープンにし,全体を最適化するように行動することが求められる。弱点は積極的にアウトソーシングして,コアコンピタンスに経営資源を集中していくことが重要である。
SCMでは,関係企業がお互いにプラスになる方法を考え,全てに情報をオープンにして,関係企業が一つの経営体のような行動を取らなければならない。取引情報に始まり,経営管理情報までを公開するオープン経営になる。関係企業が情報を共有化して,業務を共同化することで,相手に合わせて業務を改善する必要が生まれ,業務の標準化が進む。
情報の共有化でPOSデータ,サプライ情報などが即時に得られるようになり,ABC会計(Activity Based
Costing)で詳細な物流コストが得られる。ABC会計は,従来のように人件費,保管運送費などの会計項目によるひとくくりの費用管理でなく,取引相手別,商品別の物流費を計算することで,個々の活動を管理する手法である。しかし,これらの情報が得られても,それを生かす組織,体制になっていなければ意味がない。ここでは,マネジメントサイクルとスピード経営が重要である。
在庫の量が減ると,資産のうち在庫が占める割合が減り,現金の割合がそれだけ大きくなる。SCMとは,デマンドに対して,材料・部品の素材と設備や人の資源のキャパシティを利用し,制約を意識しながら,事業単位全体を同期化させ,材料・部品の供給から販売までのスループットというキャッシュフローのスピードを上げる点に特徴がある。企業を存続させるためには,企業のキャッシュの流れを良くすることが最も重要である。会計原則上の利益だけでは不十分で,キャッシュフローの上がらない利益を会計上で計上することは大きな問題になっている。7)
5.IT
従来のメーカーの立場(視点)からは消費者が見えなくなり,過剰な流通在庫と機会損失が同時に発生し,キャッシュの流れに問題が生ずる。多くの企業が直面している問題は,従来のプッシュ型パラダイムでは通用しない時代になり,売り手市場のサプライチェーンから,買い手市場のサプライチェーンヘの見直しが必要になっている。サプライチェーンを横切る生産・販売といったビジネスプロセスを,最終消費者の需要を起点として見直さなければならない。
サプライチェーン経営はIT以前に存在する概念であり,手段としてITの活用は不可欠だが,その前に,サプライチェーンのモデル革新と迅速な改善活動を理解する必要がある。ITに振り回されるのではなく,うまく活用することによってこそ,サプライチェーンは進化する。したがって,まずはサプライチェーン経営の法則(理論)をモデル化する必要がある。8)
SCMソフトウェアは,製造業の社内プラニングソフトがベースになり,これにインターネットの普及が加わって,企業間のデータ交換が自由にできるようになったことからできあがってきたもので,企業を超えたERPという側面もある。バリューチェーン全体の在庫管理,輸送のマネジメント,出荷工場の決定,機会のスケジューリングなどを行い,これらの結論決定を支援する。配送計画,需要見込み,先進的スケジューリング,データ交換などが要素としてある。9)
SCMにはバリューチェーンの閉じた系である側面と,ネットワークを利用するオープンな側面がある。ネットワークとは,様々な主体が「自由に交流し,自らの個性と創造的行為を開発し発展させながら,社会システムを新たな次元での統合性の獲得に向けて創造的に変化させるものである。参加主体が複数のネットワークに重複して参加することにより,各企業が自律性を保持することが重要である。10)
コンピュータ・ネットワーク時代における経営の要点は,外部資源を有効に活用する経営である。従来型の囲い込み型経営から,新しいタイプのオープン・ネットワーク経営への転換がみられる。11)サプライチェーンが抱える閉じた系などの問題解決には,オープン・ネットワークの観点が重要であり,ネットワーク・マネジメントの確立や,CALSやECなどの実現を目指した情報技術の活用が望まれる。
6.需要予測
需要予測は企業の販売・生産・供給計画業務の出発点であり,正しく行わなければ計画は単なる計画で終わってしまう。しかし,需要予測は科学的に計算することはきわめて困難である。需要には商品の実売傾向のように顕在化したものと,隠れた顧客ニーズのように潜在的なものがある。デマンドマネジメントはこの両者を統合的に管理していこうとする考え方である。
これを実現するために,企業は市場での購買情報をいち早くキャッチする必要がある。POSシステムの効果は販売実績のリアルな集計ではなく,販売計画を科学的に管理するための実績データの収集が可能になったことにある。そして,コンピュータを使って需要の予測計算を効率化し,スピーディな販売計画として生産供給計画に結びつけることが可能である。
予測手法には,時系列予測と構造的予測がある。時系列予測は過去のデータから将来を予測する手法であり,データはその商品の特性に応じて季節変動や加重平均などをかけて調製し直線や指数曲線に当てはめる。一つのルールが確定されれば大量の商品を短時間で予測計算できるが,価格改定,競合他社製品動向,商品機能性向上といった潜在的な需要変動を誘発する要因に自動対応できない。したがって,時系列予測で純粋に成立する商品群は定番・品揃え的な商品が多い。
構造的予測は需要に因果関係が成立する要因をパラメータ化して販売を予測しようとするもので,価格の下げ幅と需要変動の関係や,プロモーションによる需要変動の関係など,計画に応じた予測が可能となる。因果関係は過去の実績から立証しパラメータ化するため,データの収集と解析には相当の労力を伴う。そこで,時系列予測による自動計算を中心として,そこに価格改定などの販売施策を主観補正として予測結果に組みこむ場合が多い。
しかし,全ての商品の需要が的確に当たるとは考えにくく,潜在化した顧客のニーズを科学的に管理しようとしても,全ての因果要因をパラメータ化できることもなく,制限付き管理となる。また,需要予測は運用を続けながら成熟化していくものであり,仮説モデルを想定し段階的に立証していく必要がある。
以前から企業では予測業務が行われて,複雑な事象を経験とカンにさえた人間の頭で考えていた。人間によって異なった予測から販売計画が作られたため,計画に対する実績対比も評価すべきかどうかが明確とならなかった。需要予測にコンピュータが使われることで,最終的に人間の手によってそれが修正されても,明確な計画基準が存在するようになった。しかし,POSデータは過去情報が中心なので,店頭での気付き情報なども加味する必要がある。需要予測の結果は生産・供給活動に連動され,予測サイクルを短縮化することができれば,柔軟に計画を変更によって,滞留在庫低減や販売機会の確保につながることになる。12)
7.TOC
TOC(Theory Of Constraints)では全体最適を追求し,個々の改善を積み上げる部分最適化手法を否定している。このことはすべての改善活動が企業の利益に直結していなければならないというEli Goldratt博士の考え方に起因する。海外部品に置換し部品原価を削減しても,リードタイムが延びて製品の在庫がかえって増加してしまったり,結果的に値引き販売に走り販売経費が増してしまうようでは企業利益は増加しない。そこで,改善活動が本当に企業活動にとって意味のある活動か否かを判断できる指標が必要になってくる。スループット,純利益,ROI(Return On Investment),在庫,経常費用がそれである。
スループットは最も重要な概念で,売上から変動費の代表格である資材費を取り除いた利益を指す。また,通常スループットは製品単位で測定するが,合計したスループットは製品群,工場,事業部のスループットの合計値となる。さらに,時間当たりのスループットを測定し,これを最大化するために何をすればよいかを検討する。TOCの指標はこれから生じるスループットを最大化するためにいかなる生産計画を組み替えればよいか,製造すべきか,購入すべきか,はたまた修理して出荷すべきか廃棄にすべきかを企業全体の利益に直結するか否かで判断しようとする。
スループット,経常費用,在庫の3項目の組み合わせであるROIは,全社の利益を代表する指標である。各部門,工程個別に設備稼働率と標準原価などの指標を改善すれば企業全体の収益性が改善するし,各製品の標準原価を下げると企業のトータルコストは減るという。しかし,コストを下げても在庫がその分増大すればROIは改善されない。売上を上げても,経常費用や在庫が増大すればROIは改善されない。
SCMは企業価値最大化のためにIT技術を徹底活用することで顧客から原材料までのモノの流れを情報の力で制御し,需要変動に最適な供給を実現しようというマネジメント手法である。SCMを実現するためにはソフトウェアを適用する前に,問題の構造を共有化しなければならない。TOCの思考プロセスが重要で,ソフトウェアを適用するだけで現実の生産工程はそのままでは何も改善されない。従って,制約条件の特定,制約条件の活用,制約条件への従属,制約条件の強化,再度の制約条件の特定というTOC の5段階のステップを適用したり,JIT改善によるハード改善を適用したりすることで,初めてサプライチェーンは高次元に移行できる。13)
8.CPFR
CPFRとは,小売とメーカーが協力しながら(Collaborative),計画をし(Planning),予測をし(Forecasting),商品の補充を行う(Replenishment)ものである。従来は,いつ発注があるのか分からないので,メーカーは多めに生産する。小売も,在庫切れを予想して余分に発注する。このため,サプライチェーン全体では相当なバッファ在庫が溜まってしまう。小売とメーカーが事前にじっくりと打ち合わせをすれば,これほどのバッファ在庫はいらなくなるというのがCPFRの考え方である。
アメリカのCPFRの推進母体は,VICS(Voluntary InterIndustry Commerce Standard)という団体の中にあるCPFR推進委員会である。小売業では,ウォルマート,フェデレーテッド百貨店,JCペニー,サーキット・シティ,リーバイ・ストラウス,シュナック・マーケットなどが,製造業では,プロクターギャンブル,ナビスコ,ワーナーランバート,イーストマン・コダック,ミード・スクール&オフィス・プロダクツ,サラ・リー,キンバリークラークなどがメンバーになっている。
推進委員会は,1997年に“CPFR White Paper
& Guideline”を出して,CPFRの共有プロセスとデータ・モデルを明らかにしている。メーカーも小売も単品テーブル,予測テーブル,販促テーブルをもち,データをインターネットを介して交換する。そして,小売の販売予測にメーカーの製造・在庫能力が対応できるかをインタラクティブに調整し,両者の差が許容範囲に収まるようにもっていく。こうしてできあがった予測は,緊急事態の発生などの場合を除いて変更されず,両者が責任をもって実行していく。
こうした仕組みを動かすには,次のようなことが重要である。@メーカー,小売間で基本同意書を交わし,品目ごとの例外規定,許容範囲を決める。A商品の販売と製造に関するビジネス計画作成でコラボレーションを行う。B小売はPOSデータ分析により,メーカーはPOSデータ及び出荷記録により,販売予測をし,共有データベースにインプットする。C販売促進,店舗新設,生産スケジュールの変更等の例外事項を共有データベースに入力する。Dインターネットを通じ,コラボレーションにより例外事項への対応を検討し,解決の努力をつくす。E小売は発注予測を作成し,データベースに投入する。メーカーはMRPで生産能力,スケジュールを試算し,これに対応できるかどうか確認し,可能なら製造過程へ進む。F生産能力,スケジュールが発注予測に対応できなければ,問題点を明確化する。Gコラボレーションにより,問題点の解決に努力する。H両者が問題点を解決し,最終発注量の合意ができたら,発注書を作成し,EDIで送付する。
こうしたモデルや手順,データ・フォーマットやプロトコルについては標準化が行われ,1998年10月にCPFR推進委員会からガイドラインとして発表された。14)
9.SCMの諸問題
サプライチェーン導入は,製品戦略の見直し,複雑な社内プロセスの是正,納期回答など積極的な情報開示,需要変動に対応できる生産方式や部品表の導入,在庫管理の徹底など,メーカーが抱える諸問題と,複雑な流通構造の簡素化,リベートや返品など不透明な商慣行の是正,在庫や発注予定など積極的な情報開示,ビジネスとサービスの明確化,在庫管理の徹底など,流通が抱える諸問題の解決を目的とする。サプライチェーン改革では,SCMの狙いの明確化,商品特性に応じたSCMの構築,企業内業務改革,トップのリーダーシップ,企業間の業務改革,などの前提条件がクリアされる必要がある。
サプライチェーン改革につまずいた企業には,事例ごとに様々な原因が見られる。業界の商慣習が壁として立ちふさがるケース,新しい業務プロセスがうまく機能しないケース,そして取引先が従来の取引方法に固執して改革が進まないケースである。一見,それぞれのケースは業種や業務あるいは社内の状況など個別な箏情に原因があるように見えるが,失敗の原因を突き詰めていくと,いくつかの共通パターンにまとめられる。15)
それは,@新しい業務プロセスと社員の意識にギャップがある,Aサプライチェーンを拡大する際に,部門ごとのビジネス特性や,地域ごとの環境の違いを考慮しないで展開する,Bサプライチェーンを川上から川下まで一気通貫に広げる際に,業界における標準化の遅れなどが支障となる一という3つである。16)
サプライチェーン改草を進めていくと製造や販売・物流といった部門に求められる役割や業務は変革を求められるが,日々の業務に追われると無意識のうちに過去の常識にとらわれた行動をとり,それがサプライチェーン改革の支障となるケースが多いようである。17)
部門や地域の事情を考慮せずに展開することは,SCMの適用範囲を拡大するときに発生する問題である。サプライチェーンのような大がかりな改革の場合,1つの部門や地域で作ったパイロットモデルを展開するケースが多い。しかし,現場の事情を無視して改革は進まなくなる。全体最適化を追求しすぎると,境場に新しい負荷を強いる場合が少なくない。全体最適と部分肢適のバランスを間違えると,プロジェクトが頓挫してしまう可能性が高い。18)
本社を中心に構築したサプライチェーンを,さらに川上や川下にいたる企業にまで拡張する際に,標準化の問題が発生する。サプライチェーンは複数企業のコラボレーションによって成立する取り組みであるが,日本では情報をやり取りする形式に複数の業界標準が存在することが珍しくない。19)
このように,多くの問題点,課題が散在しているのが実在する企業の活動であるが,片端から問題を解決していくことが利益直結の活動につながるとはいい難い。企業全体のサプライチェーンを見渡した際に,真の制約条件がサプライチェーン全体の利益を規定してしまうため,改善ステップは制約条件を特定することに始まる。総花的に改善するのではなく,真の制約条件から重点的にかつ真っ先に取り組むことが必要である。
サプライチェーンの最初の問題は在庫,最後の問題も在庫である。問題となってくるのは,モノをつくるのに何が必要かを整理し,資源の状況をまとめておく必要があるということである。したがって,どのくらい調達にかかるのかのデータ収集が重要である。下請けの納期,有効在庫をソフトウェアにインプットしていかないと機能しない。ビジネスパートナー間のビジネスプロセス統合を図り,自動化していくことが次の課題である。したがって,不透明な価格制度や,返品・買い取りの強要などの,在庫責任を無視したあいまいな商慣行は改善されなければならない。
戦略的提携の問題点として,協調の不足や組織上の障害などがあげられる。無計画な納期依頼や,突然の発注・キャンセルなどの,情報を開示しない一方的な態度は許されない。また,いい加減な需要予測や,売り切る努力の不徹底などの,自己責任を放棄した身勝手な業務改革も許されない。そして戦略的提携は,今後,因襲的な系列から,民主的でイコール・パートナーシップを尊重するような調和型自律分散システムとしてのサプライチェーンを目指すべきである。20)
また,サプライチェーンは,需要者が消費後あるいは使用後に発生する廃棄物の処理・ロジスティクスを大きく見落としているため,還流をも視野に入れた循環型ロジスティクスが重要性である。21)
一般的に外部の情報は社内の情報入手に比べ困難を伴う。困難を伴う情報はそれだけ価値の高い情報であるが,困難を克服するだけのパワーを持ったプロジェクトはあまり多くないようである。仕入先と企業の間で部品調達に関する取り決めを行う際,SCMの導入によって計画量が短いサイクルで変化するようになるため,変化に柔軟に対応する調達の仕組み作りが必要となる。これを実現させるためには企業から仕入先に対する先々までの発注予定や需要計画の提示,仕入先から企業に対する調達日程計画・供給計画の提示が考えられる。互いの企業にメリットをもたらす業務改革に向けて,お互いの情報を交換しあうことによってスムーズな連携が実現される。
しかしこれを実現しようと,仕入先とやり取りする企業が少ない。異なる企業に対してはあいまいな関係を維持しようとする傾向がある。仕入先とのあいまいな関係を維持したまま企業が計画を短サイクルで変更したら,当然相手は不信感を抱くことになり,企業の描いたSCMシナリオが崩壊する。あいまいさを排除することは相手先との関係性を壊すことにはつながらない。むしろ企業関係をより強固なものにして共存共栄を図っていくチャンスとなりうる。外部との情報交換をどこまで真剣に取り組むかが重要である。
【参考・引用文献】
1)好川哲人,”ITとECがわかる”,2000,技術評論社,p.247.
2)Porter,M.E.,土岐坤ほか訳,”競争優位の戦略”,ダイヤモンド社,1985,pp.35-49.
3)西澤脩,”供給連鎖管理によるロジスティクス・コスト管理”,企業会計,Vol.49,No.5,1997,p.26.
4)矢作敏行,”コンビニエンス・ストア・システムの革新性”,日本経済新聞社,1994年,p.95.
5)西澤脩,op.,cit.,p.27.
6)http://www.mediasoken.jp/
7)http://www.asprova.com/jp/
8)今岡善次郎,”サプライチェーン18の法則”,2000,日本経済新聞社,pp.2-3.
9)今岡善治郎,abid,pp.2-8.
10)須藤修,”複合的ネットワーク社会”,有斐閣,1995,p.6.
11)国領二郎,”オープン・ネットワーク経営”,日本経済新聞社,1995,pp.1-2.
12)http://www.mediasoken.jp/
13)http://www.cis.co.jp/
14)http://www.ncr.co.jp/
15)安部俊廣,”危うし,日本のサプライチェーン改革”,日経情報ストラテジー,2001.6,p.30.
16)17)18)19)安部俊廣,aibd,p.30.
20)阿保栄司,”ロジスティクス革新戦略”,日刊工業新聞社,1993,p.98.
21)阿保栄司,”成功する共同物流システム”,生産性出版,1996,p.25.
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